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札幌高等裁判所 昭和24年(新を)61号 判決

控訴人 被告人 李[吉吉]興

弁護人 斎藤忠雄

検察官 伊東勝関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人斎藤忠雄の控訴趣意は別紙記載の通りであつて、これに対する判決は次の通りである。

第一点について。

刑事訴訟法第三百五条にいう証拠書類と同法第三百七条にいう証拠物中書面の意義が証拠となるものとの区別については同法中にこれを明示した規定が存しないのであるが、前者は当該事件について犯罪捜査から公判に至るまでの段階において特に作成された供述書若しくは供述を録取した書面又は検証の結果若しくは鑑定の経過及び結果を記載した書面であつて、すなわち同法第三百二十一条及び第三百二十二条に規定する書面を指し後者はその以外の書面であつて犯罪の証拠となりうるもの、すなわち同法第三百二十三条に規定する書面を指すものと解するのが相当である。

所論盗難届又は盗難始末書は本件の被疑者以外の者が作成した供述書で同法第三百二十一条第三号に該当する証拠書類でありまた所論供述調書は司法警察員が被疑者の供述を録取した書面で同法第三百二十二条第一項に該当する証拠書類であつていずれも証拠物ではない。ゆえにこれらの書面については証拠書類の取調をするをもつて足り証拠物としての取調をする必要はないのである。

第二点について。

原判決の認定した事実を概括すると被告人は昭和二十四年一月三十一日頃から同年二月十九日頃まで前後六回にわたつて精米六俵、衣類十九点、緬羊毛一貫三百匁位、緬羊毛糸二ポンド位、ゴム長靴三足及び雜品四点を窃取したものであつて、右犯情その他原審において証拠とすることができた各証拠によつて認めうる諸般の情状を考量すると原判決が被告人に懲役一年六月の実刑を科したのは必ずしも刑の量定が不当であるとはいいえないのである。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条第百八十一条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長判事 藤田和夫 判事 佐藤昌彦 判事 村上喜夫)

弁護人斎藤忠雄の控訴趣意

第一点原判決には訴訟手続に法令の違反があり、これが判決に影響を及ぼすこと明かな違法がある。即ち被告人に対する第一回公判調書によれば(記録九丁裏以下)検事は片山アサ、正木栄次郎、宮崎重藏、内田ミツ子、吉田栄次郎、名内増太郎の各作成した盗難始末書又は盗難届の証拠調を請求し判事はこの請求を容れる旨の決定をなしこれに基き検事は証拠調をなしたが、その方法は公判調書の「検事は右各書類を順次朗読し判事に提出した」との記載によつてこれを見れば右各書類は何等展示をしていないことが明かである。抑々刑事訴訟法第三百五条によれば証拠書類の証拠調の方法は朗読によるべきも同法第三百六条にまれば証拠物の証拠調の方法は展示によらなければならず、更に同法第三百七条によれば書面の意義が証拠となる証拠調の方法は前両者の方法を併用して之をしなければならぬと明定している。しかしてここにいう証拠書類とは旧法の下では「当該訴訟に関し作成せられ証拠の用に供せられる書面」と解せられた(大判昭七、二、一八)けれども新法の下に於ては更に狹く解せられ或は「裁判所又は裁判官の面前で作成された訴訟書類」(団藤重光著刑事訴訟法綱要一五〇頁)なりとせられ或は「法令にもとずいて事件について裁判所又は裁判官の面前で証拠たりうるもの」(横井事務官刑訴逐条説明七三頁)なりとせられ右は殆んど定説となつている。この見解の下に於ては前記盗難届乃至盗難始末書は何れも証拠書類ではなく刑事訴訟法第三百七条に所謂書面の意義が証拠となる証拠物といわねばならず、したがつてその証拠調の方法は展示及び朗読を必要とすること当然である。しかるに原判決は前記のように展示をしなかつたこれらの書面を「右の事実は一、宮崎重藏、正木栄次郎、片山アサ、内田ミツ子、吉田栄次郎及び名内増太郎の作成した盗難始末書又は盗難届中の記載を綜合して之を認める」と判示して証拠として援用し、被告人断罪の具に供しているが右と同じ理論は原判決が被告人を有罪と認定する資料としている「司法巡査の作成した昭和二十四年三月九日附被告人の第一回(第二回の誤記と認める)供述調書中の供述記載」に所謂調書についても当てはまることである。即ち第三回公判調書によれば(記録第二十八丁裏)判事は検事の証拠調請求にかかる被告人の供述調書三通の証拠調請求許容の決定をなし「検事は右書類を順次朗読し、裁判所に提出した」とあるのであつて前同様展示をしていない。即ちこれも亦違法の証拠調である。これら違法の証拠調にもとずく証拠物のみを証拠として挙示している原判決は破毀せらるべきである。

第二点原判決は被告人に対し不当に重い刑を以つて臨んだと認められる違法がある。(一)被告人は前科のない青年であつて(二)単身異国に居住する朝鮮人であり(三)犯行後は痛く後悔している等の事情は原判決が証拠として引用している司法巡査に対する被告人の第一回供述調書第三項第四項第十六項(記録四〇丁四八丁)に明である。

この事情を省みるならば些々たる窃盗の被告人に対し懲役一年六月の実刑を以て臨んだ原判決は不当に重い刑を科したものといわねばならず破棄せらるべきものと考える所以である。

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